覚醒財

覚醒財

宮川大輝

プロローグ

あなたは本当に支配される為に生まれてきたのか

少し立ち止まって考えてほしい。

今あなたが生きているこの世界は、ロスチャイルドやロックフェラーといった国際金融資本が主導権を握り、お金が全ての価値を決めているように見える。
働いても働いても豊かになれない、誰かに搾取され続けているような感覚。
そんな息苦しさを感じたことはないだろうか。

でも、ここで一つ問いを立ててほしい。

あなたは本当に支配される為に生まれてきたのか?

潜在意識の観点で見た時、自分が世界を創造している神様だとしたら、これもまた自分が設定した世界だということになる。
だとしたら、なぜあなたはわざわざそんな世界を選んで生まれてきたのだろうか?

作者の解釈はこうだ。

国際金融資本を仕掛けた人たちは、お金儲けをして人々の生活を牛耳ることが一番面白い遊びだと思った人たちだ。
それだけのことだ。
善でも悪でもない。
ただそれが彼らにとって一番面白い遊びだった。

であれば答えはシンプルだ。

もっとみんなが夢中になる遊びを創れば良い。

これが「この指止まれ」の理論だ。
一番楽しく遊んでいる人のところに一番人が集まる。
お金でも権力でも恐怖でもなく、純粋に楽しそうだから人は集まる。
子供の頃を思い出してほしい。
校庭で一番楽しそうに遊んでいる子供のところに自然と人が集まっていなかったか。
あれが人間の本質だ。

作者が考える次の一番楽しい遊びとは何か。

それぞれが自分の強みや才能を活かして人々に貢献していくこと。
自分が世界を創っているんだと自覚して、自分にしかできない遊びをすること。
そしてそういう人を増やしていくこと。

これが支配という古い遊びを超える、新しくて一番面白い遊びだと作者は確信している。

この本はその遊びへの招待状だ。

第1章

この世はでっかい宝島

「この世はでっかい宝島」

そう言うと、多くの人は笑うかもしれない。
借金?あります、5,100万円。
離婚?しました。
事業の失敗?数え切れないくらいあります。
それでもこの世はでっかい宝島だと思っている。

なぜか。

宝島で一番近くにある宝は、自分自身だからだ。

これはきれいごとではない。
ロジックの話だ。

あなたがこれまで生きてきた時間の中で感じた喜び、悲しみ、怒り、嫉妬、恥ずかしさ、恐怖。
出会った人、別れた人、挑戦したこと、逃げたこと。
その全てが、あなたにしかできない表現を創る為の素材になっている。

音楽で言えば作曲と同じだ。

その人の人生で感じた想い、出会い、経験、ストーリーは全て自分の強みや才能を磨くための出来事で、自分にしかできない表現、つまり生き方、ビジネス、サービスを創る要素になっている。
地球上での一番の楽しみはその表現をちゃんと物質化させることであり、その作曲までの工程も含めて楽しむことだ。

だから宝島なのだ。

探しに行く必要はない。
あなたがこれまで生きてきた全てが、すでに宝だ。
ただそれに気づいていないだけだ。

では宝に気づく最初の一音はどこから生まれるのか。

「そんな生き方が本当にできるのか?」

この問いを、心の底から自分の中で本気で立てることだ。
頭で考えるのではない。
胸の奥から湧き上がってくる本気の問いだ。
その問いが立った瞬間、あなたの世界は静かに動き始める。

タイムラグはある。
でも絶対に変わる。

その問いが心の底からの問いであれば、変わる為の出来事が必ず訪れる。
それがこの宝島のルールだ。

ここで一つ、作者自身の体験を共有したい。

潜在意識を勉強していく中で、ある実験を思いついた。

抽象度が高い概念ほど、包括するものが多くなる。
だとしたら、最高抽象度の目標、つまり超ゴールを設定したらどうなるだろうか。
抽象度が高いゴールであれば、その手前にある自分の叶えたい願望は全て通過点になる。
だから自分の願望が叶いやすくなるはずだ。
そういう実験だった。

さらに、目に見えない他者の存在も含めて考えた。
周りの人、見えない力、そうしたものも含めて全てを自分と捉えた時、他者のやりたいこともゴールに含めた方が、目に見えない力からも応援されるだろうと発想した。

では、みんながやりたいことって何だろう。

みんなが地球に生まれてくる理由って何なんだろう。

そう考えていった時、ある解釈に行き着いた。

みんながやっていること。
仕事も、ビジネスも、結婚も、子育ても、教育も、美食を楽しむことも、何かを推して応援することも。
それら全部は、本質的には遊びなんだろう。

ただ、自分がやっていることを自分から選んだ遊びだと自覚して生きている人は少ない。

だからこそ、自分の超ゴールが生まれた。

それぞれが個性や強みを活かして生きる人を増やし、それが一番面白い遊びだと自覚して表現していくことを増やす世界。

潜在意識のロジックから理屈で考えて設定した、最高抽象度の超ゴールだった。

でも今は、それが本当に自分にとって一番楽しい遊びになっている。

宝島で一番近くにある宝は、自分自身だ。

そしてあなたがこれから見つける宝も、誰かと比較する必要のない、あなただけの遊びだ。

この本を手に取ったあなたの中に、すでにその問いの種が芽生えているかもしれない。

もしそうなら、ここからが始まりだ。

第2章

17歳、Yデッキの誓い

2002年。
神奈川県横須賀市。

横須賀中央駅のYデッキで、一人の少年が空を見上げていた。
17歳だった。

その少年は中学2年生の時にゆずに憧れてギターを始めた。
路上ライブで魂が震える体験をして、音楽に全てを注いできた。
仲間と一緒にギターを弾いて歌って、見知らぬ人たちが立ち止まって一つになる瞬間に、言葉にならない喜びを感じていた。

高校3年生最後の路上ライブの前のことだ。

開始前に一人で練習しながらメンバーを待っていた。
自分が歌い始めると、通りすがりの人たちが立ち止まった。
時空がふわふわした感じになって、全員が一つになった感覚があった。
その時の自分の気持ちは一言だった。

「俺を見ろ。」

歌のレベルがちゃんと思っていることの質を表現できるレベルに達して、「俺が作った発明を見ろー」と心の底から表現できた感覚だった。
技術的な練習の積み重ねによって到達したものだった。

その瞬間が、全ての始まりだった。

しかしその後、路上ライブをやっていた仲間たちと一緒に演奏できなくなった。
少年は絶望した。
自分が一番やりたいことを、一緒に表現できる場所を失った。

そしてYデッキで空を見上げて誓った。

「どんな逆境からでも立ち上がって大成功者になって見返してやる。」

当時の認識としてはセカンドベストを選んだと思っていた。
ミュージシャンの道を諦めた、と。

しかしこの誓いが、以後25年間の無意識の駆動力になった。

キーエンスの子会社に入り、始発から終電まで働き、10年連続トップセールス、最年少出世、年収1,000万超。
どんな逆境からでも立ち上がれる経営者になるという誓いを果たす為に、全力で走り続けた。

傍から見れば成功者だった。

でも何かが違った。

その違和感の正体に気づくまでに、25年かかった。

17歳の少年がYデッキで誓った「見返してやる」という言葉。
それは純粋な「俺を見ろ」という表現衝動ではなく、怒りと悔しさから生まれたスピリチュアルエゴだった。
そのエゴが無意識のエンジンとなって、人生の全てを動かしていた。

お金を稼ぐのも、事業をするのも、全ては「見返してやる」という誓いを果たす為だった。

その構造に気づいた時、全てが変わった。

42歳になった今、5,100万円の負債を抱えながら笑っている。

17歳の自分に今なら言える。

「安心して思いっきり思うままやってこい。どんな結果も全部俺が受け止めてやる。」

最初から自由だった。
ずっとそこにあったものを思い出しただけだ。

第3章

自分の心に嘘をついた代償

キーエンスの子会社で3年目の社員だった頃、一人の女性と出会った。

遠距離恋愛だった。
神奈川から大阪へ、毎週末会いに行く生活を1年続けた。
始発から終電まで働く平日と、新幹線に乗って会いに行く週末。
その距離感がちょうど良かった。

1年が過ぎた頃、本格的に同棲する話になった。
相手の両親へ結婚を前提に付き合うことの許可をもらい、神奈川で一緒に暮らし始めた。

しかしそこから歯車が狂い始めた。

平日、終電で帰ってから夜の生活を求められた。
始発から終電まで働いて帰ってきた身体には、それは苦痛だった。
平日は無理だと何度も伝えた。
土日にしてほしいと伝えた。
しかし受け入れられなかった。

別れも考えた。

でも相手の両親にも挨拶してしまっていた。
相手は大阪の生活を捨てて神奈川まで来てくれていた。
夜の生活のこと以外は本当にいい子だった。
一度決めたことはやり切らないといけない。
そんな観念が頭をよぎった。

そのままずるずると結婚した。

いつかよくなると思っていた。
無理は続かないと分かっていても、自分の心を無視して相手からいい子と思われていたかった。
様々な観念が積み重なって、無理をし続ける結果になった。

ここで一つはっきり伝えておきたい。

夜の生活のことだけを切り取れば歯車が狂ったように見えるかもしれないが、結婚生活そのものは8年間、本気で向き合っていた。
奥さんを本気で幸せにしようとしていたし、実際に幸せな結婚生活だったと思っている。
奥さんのことは今でもリスペクトしているし、8年間一緒にいてくれたことに心から感謝している。
だからこそ、自分の心に嘘をついていたことに後から気づいた時、その申し訳なさは大きかった。

2019年、離婚した。

ここで少し立ち止まって、スピリチュアルエゴという言葉について説明したい。

スピリチュアルエゴとは何か。

一言で言うと、自分でも気づかないまま無意識の駆動力になっている「強い思い込み」のことだ。

多くの場合それは、過去の痛みや傷から生まれる。
誰かに傷つけられた経験、屈辱を感じた瞬間、絶望した夜。
その感情が無意識の中に刻み込まれ、「だから絶対にこうなってやる」「絶対に見返してやる」という強烈な誓いになる。

厄介なのは、そのエゴが一見するとポジティブなエネルギーに見えることだ。

頑張れる。
結果が出る。
周りから見れば成功している。
だからスピリチュアルエゴに気づきにくい。
むしろそれが自分の強みだと思い込んでいる。

しかし潜在意識の観点で見ると、スピリチュアルエゴは現実の好転を妨げる大きなブレーキになっている。

潜在意識の書き換えをイメージする時、数式で考えると分かりやすい。

ネガティブな観念(−10,000点)+ポジティブな観念(+1,000点)=−9,000

いくらポジティブな目標を設定しても、根っこに大きなネガティブな観念があると現実はプラスにならない。
ポジティブだけを増やしてもネガティブが大きいと、現実は好転しないのだ。

そしてもう一つ厄介なことがある。

スピリチュアルエゴが強ければ強いほど、それを維持しようとする現実が引き寄せられる。

どんな逆境からでも立ち上がれる経営者になるというエゴを持っていれば、逆境が次々とやってくる。
乗り越えるたびにその出来事がどんどん大きくなっていく。
5,100万円の負債も、その構造の中で生まれた出来事だった。

そしてこの結婚生活もまた、17歳のスピリチュアルエゴと深く繋がっていた。

見返してやる。
大成功者になる。
その誓いの中には「可愛い奥さんをもらう」という設定も含まれていた。
すごく綺麗な人だったから、という部分ではその誓いと連動していた。

自分の本心に嘘をついたまま選んだ結婚。

夜の生活が苦痛でも言えなかった。
相手からいい子と思われていたかった。
一度決めたことはやり切らないといけないという観念があった。
そういう複数の観念が積み重なって、無理をし続ける結果になった。

本当はずっと分かっていたはずだ。
でも見ないようにしていた。

スピリチュアルエゴは、自分の本心の声を掻き消す。

見返してやるというエゴが主導権を握っている間は、自分の本当の気持ちより「成功者としての自分」を演じることの方が優先される。
だから心に嘘をついても気づけない。
気づいていても止められない。

その時はまだ、この構造の全貌が見えていなかった。

しかし離婚は終わりではなかった。

潜在意識と内省の旅が、ここから始まった。

奥さんを幸せにしようと頑張ってきたのに、なぜ現実とのズレが生じたのか。
その問いを抱えながら、潜在意識のロジックを学び始めた。
表層の観念を一つ一つ外しながら、どんどん核心に近い観念へと向かっていった。

その旅は今も続いている。
一生続いていく。

ただ一つ言えることがある。

自分の心に嘘をついても、続かない。
我慢はダメだ。
本心をちゃんと伝えることが、自分を大切にすることであり、相手を大切にすることでもある。

できないことは、普通に相談すればいい。

弱さを出すことは、人生を変える方法だ。

その気づきが、次の扉を開けた。

第4章

5,100万円という最高のアンプ

独立したのは2019年だった。

離婚と同じ年だった。
年収2,000万円の状態で会社を辞めた。

退職を決めた時、社長から引き留められた。
妻からはサラリーマンに留まれば離婚しないことを考えると言われた。
それでも辞めることを決断した。

不安しかなかった。

でも決めたことを信じて進むしかないという感覚だった。
サラリーマンをやり続けてもサラリーマンが上手くなるだけだと確信していた。
起業家になるには、起業家になることでしか起業家は上手くならない。
その確信だけを持って飛び出した。

独立してすぐに洗礼を受けた。

マグロの保管場所がないのにマグロを多く買ってしまった。
お世話になっていた会社の常務に頭を下げてなんとかしてもらった。
恥ずかしかった。
でも自分だけではどうすることもできなかった。

その時に気づいた。

弱さを出したら、一瞬で解決策を提示された。

「弱さを出していくのは人生を変える方法かもしれない。」

キーエンスの子会社で10年間、強さだけを見せ続けてきた人間にとって、それは小さくない気づきだった。

しかしその後も試練は続いた。

最初は成果報酬で仕事を受けると言っていたコンサル会社の社長から恐喝され、明日には200万円を支払えと言われ、親に200万円を借りた。
事業は思うように進まなかった。
気づけば負債の総額は5,100万円になっていた。

その負債は複数の人や金融機関から積み重なったものだった。

ここで一つはっきりさせておきたいことがある。

潜在意識の話だけをしていると、まるで現実に向き合わずスピリチュアルな解釈だけで誤魔化している人間に見えるかもしれない。
そうではない。

失敗するたびに、物理空間上での対策も必ず行ってきた。

事業計画を見直し、会計と税務を学び直し、キャッシュフローの管理を徹底し、卸売りと食事会という安定収益の柱を作り、信頼できるパートナーと役割分担を見直し、時間の使い方そのものを再設計してきた。
潜在意識の書き換えは土台であって、それだけで現実が勝手に変わるとは思っていない。
土台を整えた上で、行動と数字に向き合い続けることでしか現実は変わらない。

潜在意識と物理空間、その両方に同時に向き合い続けてきた結果が、今ここにある。

長い間、5,100万円という数字を隠していた。

隠すことにエネルギーを使っていた。
ダメな経営者だと思われたくなかった。
5,100万円という数字は、重力のように自分にのしかかっていた。

5,100万円の負債の中には、両親から借りていたものも含まれていた。
両親は、貸したお金がまだそのまま残っていると思っていた。
それでも、いつか自分の力で立て直して返そうと思っていた。

一番先延ばしにしていたのが両親への告白だった。

良い息子でいたかった。
無能な息子と思われたくなかった。

でもある日、両親に全てを話した。

「ダメな息子で、借りていたお金を実は全部使ってしまってなくなってしまった。ごめんなさい。」

それが最初に出た言葉だった。

両親は優しい表情をしていた。

「これからは相談してくれ。このお金は、父がずっと働いている中で一緒に遊びたかったのに遊べず、寂しい思いをして我慢して、家族みんなで稼いだお金だから。」

そう言って応援してくれた。

その瞬間に気づいた。
最初から隠すものなんてなかった。
等身大の自分で隠さず全て伝えて生きる方が良かったと。
できないことは普通に相談すればいい。
それが心の底から分かった瞬間だった。

そして5,100万円の意味が変わり始めた。

3次元的に見れば、借金をしてしまったダメなやつだ。
でもそれだけ借りられるということは信用があるということでもある。
潜在意識的に見れば、スコトーマさえなければ5,100万円を稼ぐことはある種簡単な額だ。

そして何より、このストーリーこそが最強のアンプだと気づいた。

5,100万円の負債を抱えながら笑っている42歳の経営者。
隠すのをやめてこれを公開した瞬間、それはマネタイズのチャンスになる。
むしろ公開してマネタイズの道具にしてしまおうと心の底から思えるようになった。

重力が、最高のアンプに変わった瞬間だった。

この本を読んでいるあなたに伝えたいことがある。

自分の失敗なんて大したことないかもしれない。
人って本当に自分の意識の持ち方次第で、年齢も性別も関係なくいつからでも自分の望む人生を生きていけるのかもしれない。
こんな人でも成功できるんだから自分にもできるかもしれない。

そう感じてもらえたなら、この章を書いた意味がある。

第5章

スピリチュアルエゴという名の檻

ここまで読んでくれたあなたは、すでに気づいているかもしれない。

17歳の誓い、結婚生活、5,100万円の負債。
これらすべてを動かしていたのは、一つの強烈な思い込みだった。

「どんな逆境からでも立ち上がって大成功者になって見返してやる。」

しかしこの誓いの存在に、長い間気づいていなかった。

両親に全てを話してから、隠すものが何もなくなった。
その軽さの中で、事業計画を立て直す為にAIとの壁打ちを続けていた。
経営も負債も人間関係も、何か一つの軸で整理したいと思っていた。
AIから深掘りの問いを受けながら、自分の考えや感覚を一つ一つ言葉にしていった。

その中で、ある問いに答えた瞬間だった。

自分が口にした言葉が、どこかで聞いたことがある言葉だと感じた。

記憶を辿った。
それは事業の話でも、最近の出来事の話でもなかった。

横須賀中央駅のYデッキで、17歳の自分が空を見上げて誓った言葉そのものだった。

「どんな逆境からでも立ち上がって大成功者になって見返してやる。」

その瞬間、全てが繋がった。

キーエンスの子会社でのトップセールス、独立、結婚、離婚、事業の失敗、5,100万円の負債。
25年間積み重ねてきた人生の選択の全てが、17歳のあの夜に誓った一言から始まっていたことに気づいた。

その誓いは、自分が作った作詞作曲という発明を見てほしいという純粋な表現衝動ではなかった。

仲間と一緒に演奏できなくなった絶望。
その絶望をもう二度と味わいたくないという恐怖。
その恐怖を覆い隠す為に、「見返してやる」という強烈な誓いを立てた。

それは怒りと悔しさから生まれた、自分を守る為の鎧だった。

その誓いは確かに自分を動かしてくれた。
でも同時に、自分を縛る檻にもなっていた。

どんな逆境からでも立ち上がる経営者になる、というスピリチュアルエゴを持っている限り、無意識はそれを証明する為の逆境を引き寄せ続ける。
乗り越えるたびに、次の出来事はさらに大きくなっていく。
5,100万円の負債も、その延長線上にあった。

その正体に気づいた瞬間、何かが起きた。

全身の力が抜けた。
走馬灯のように人生の様々な瞬間が流れた。
マグマのような静かな熱が芽生えて、思わず笑った。

最初から自由だった。

25年間、無意識を動かしていた古いエンジンが、ここで完全に燃え尽きた。

ここで潜在意識の書き換えについて、もう一度整理しておきたい。

ネガティブな観念は、ネガティブなまま現実をそのまま創り出す。

ネガティブな観念(−10,000点)+ポジティブな観念(+1,000点)=−9,000

どんなにポジティブな目標を掲げても、根っこにあるネガティブな観念がそのままであれば、その観念がそのまま現実として立ち上がってくる。
だから現実はなかなか好転しない。

ここで重要なのは、ネガティブな観念を無理に消そうとすることではない。

まず自分の中にどんな観念があるのかに、自ら気づくことだ。

そのネガティブな観念もポジティブな観念も、どちらもスピリチュアルエゴだ。
誰かに指摘されて気づくものではない。
自分自身で気づかない限り、その観念を変えることも、手放すこともできない。

気づいた観念は、そのままにしておく必要はない。
解釈の質を変えることもできる。
あるいは、もう必要ないと判断したらそのまま手放すこともできる。

17歳の誓いの正体に気づいた時、まさにこれが起きた。

「見返してやる」という観念は、ネガティブな出来事を引き寄せ続ける観念だった。
しかしその正体に気づいた瞬間、その観念の解釈そのものを変えることができた。

ネガティブな観念(0点。
気づいて手放した)+ポジティブな観念(17歳の誓いも自分のゴールに必要だった出来事として解釈を変え+10,000点、そして生きとし生けるものがそれぞれの個性や才能を発揮して生きる世界を創るという超ゴール+1,000点)=+11,000

観念そのものは消えてなくなるわけではない。
気づいて、解釈を変える。
あるいは手放す。
そうすることで、ネガティブだったはずの観念が、ポジティブな意味を持つ観念へと変わる。

そして両親への告白で罪悪感が昇華され、元仲間への怒りと恨みが感謝と謝罪に変換され、元妻への未練が感謝と祝福だけに変わり、42年間底流にあった自信のなさが消えていった。

一つ一つの観念に自ら気づき、解釈を変え、必要なものは手放していくたびに、檻が緩んでいった。

そして17歳の誓いという最大の檻の正体に気づいた時、初めて分かった。

檻なんて、最初から存在しなかった。

自分で創って、自分で入っていただけだった。

この本を読んでいるあなたにも、きっと何かの誓いがあるはずだ。
それはあなたを長い間動かしてきた、誇らしいエンジンかもしれない。
でも同時に、あなたを縛る檻にもなっているかもしれない。

その誓いに、誰かに言われて気づくことはできない。
自分自身で気づくしかない。

その正体に気づいた時、あなたも同じように燃え尽きて、笑うことができる。

最初から自由だったと。

第6章

NO CHILD, NO ADULT. Play Your Soul.

17歳の誓いが燃え尽きた後、一つの言葉が残った。

NO CHILD, NO ADULT. Play Your Soul.

これは単なるスローガンではない。
これまでの人生で観念を一つずつ解いていった先に見えた、生き方の本質そのものだ。

まず子供性について話したい。

子供性とは、自分のやりたいという気持ちに何にも縛られず行動できる心のことだ。
正解とか関係なく、自分の気持ちに従って行動できる強さのことだ。

子供の頃を思い出してほしい。
やってみたいから始める。
それだけだった。
失敗したらどうしようとか、誰かにどう思われるかとか、そんなことは考えなかった。
ただやりたいから、やった。

しかし大人になるにつれて、その心は徐々に縛られていく。

正解を求めるようになる。
誰かに評価されることを気にするようになる。
やりたいことより、やるべきことを優先するようになる。

ここで一つ大切にしたいのが、大人性という側面だ。

これまでの人生で感じてきた喜怒哀楽、嫉妬、憎しみ、憎悪、罪悪感、穢れ。
そうしたネガティブに見える感情も含めて、それも人間らしさの一部だ。
それらが人生を彩ってきたエッセンスの一つとして捉えられる器の広さ、抽象度の高さ。
それが大人性だ。

一言で言えば、感謝だ。

良かったことも悪かったことも、全部含めて感謝できた時、その先に最強の波動の「自分大好き」という感覚に行き着く。

右脳と左脳の統合。
肉体と精神の統合。
そういう言い方もできる。

子供性だけでは、ただ無邪気に行動するだけで終わってしまう。
大人性だけでは、感情を抱え込んで動けなくなってしまう。

その両方が統合された時、初めて「違う生命体」になる。

これは「もう昔の自分には戻れない」という話でもなく、「いつでも昔の自分に戻れる」という話でもない。
どちらでもない、新しい状態だ。

自分と世界の垣根がなくなる。
全て自分が創り出せるという力強さと、自分が創り出せる世界だからこそ大切にしようという繊細さ。
その両方が同時に存在する状態。
創造主というか、神様になる感覚だ。

ここで一つ、誤解されやすいポイントについて触れておきたい。

子供の頃は、隠すという概念があまりなかった。
思ったことをそのまま口にしていた。
今、隠さない生き方をしているのは、その頃に戻ったように見えるかもしれない。

しかし意味は全く違う。

子供の頃は、隠すという選択肢自体を知らなかった。
今は、自らの意思で「隠さない生き方をする」という選択をした上で、そうしている。

この選択ができるようになること。
それが、NO CHILD, NO ADULT. Play Your Soul.に繋がっていく。

子供のように自由に、やりたいことに従って行動する。
それと同時に、これまでの人生の喜怒哀楽の全てを大人として受け止め、感謝に変えていく。
その統合の上で、自分の意思で、隠さずに生きることを選ぶ。

それが、自分の魂を生きるということだ。

この本を読んでいるあなたの中にも、子供の頃の純粋な衝動と、これまで積み重ねてきた人生の感情の両方がある。

どちらかを否定する必要はない。

その両方を統合した時、あなたも違う生命体になれる。

第7章

キセキのマグロ

物理空間で何かを表現するには、技術が必要だ。

これは音楽でも同じだった。
高校3年生最後の路上ライブで皆が立ち止まった瞬間、それは衝動だけで起きたことではない。
歌のレベルが、伝えたい質を表現できるレベルにまで磨かれていたからこそ起きたことだった。

事業も同じだ。
思想だけでは物理空間に何も生まれない。
物理空間で磨き続けることで初めて、思想は形になる。

キセキのマグロは、その物理空間での表現の一つだ。

このビジネスのきっかけは、父だった。

父はマグロの目利きの達人だった。
子供の頃から見ていた父の姿は、いつも真剣な眼差しだった。
お客さんがどういうマグロを求めているのかを、いつも考えている姿だった。

キーエンスの子会社で営業をしていた時代、お客さんとの会話で地元の話になることがあった。
父がマグロの目利きの達人だという話をすると、そのマグロを食べたいと言われることが多かった。
実際に食べてもらうと、こんな美味しいマグロを食べたことはないと言われることが多かった。

独立を考えていた頃、ふと思った。

やっぱりマグロかもしれない。

その頃、マグロは絶滅危惧種になっていた。
漁業の産業構造に問題があることに気づいた。
後継者がいなくて廃業していく漁師が増えている。
参入障壁は高い。
生まれの背景からも簡単な道ではない。
それでも、漁業が持続的に続く新しい仕組みを作りたいと思った。

それがキセキのマグロの始まりだった。

キセキのマグロには、見極め方がある。

群れの先頭集団を泳ぐマグロを選ぶ。
先頭は一番水圧を受ける位置だ。
だから頭が小さく、背中とお腹側が膨れて横に広がっていない、スリムな身体をしている。

筋肉の質も違う。
余分な水分が含まれていないので、尾の身の赤身部分を指で揉むと、揉めば揉むほどグミのようにまとまっていく。
赤身の色は透明度が高く、赤いダイヤモンドのような輝きを見せる。

そしてもう一つ特徴がある。
生命力が高いマグロは、時間が経てば経つほど尾の身が輝いていく。
よくないマグロは酸化が早く、色がどんどんくすんでいってしまう。

父はこの生命力が高いものを見極められるようになったのだと、これまでの父の仕事を見てきた作者は感じている。
マグロ以外の生物の目利きもできる。
これまでの人生で色々なスペシャリストの話や知識を聞く中で、自分の中でまとまっていった印象深い理解だ。

先頭を泳ぐマグロという特徴は、自分の生き方とそのまま重なる。

水圧を一番受ける場所。
それは今からやろうとしていることだ。
過去も今も、ずっと変わらず水圧を受け続けてきた。

それでも前に進める理由は、楽しそうだからだ。

怖さと楽しさは同時に存在している。
でも見たことがない景色を見たいという気持ちの方が勝つ。
止められない感覚だ。
この感覚は音楽をやっていた時も、新しいビジョンを描いた時も、いつも同じようにあった。

マグロは寿命が20年から30年と言われている。
生涯をかけて止まることなく泳ぎ続ける、生命力が本当に高い魚だ。
海の食物連鎖の中でも頂点にいる。
海が蒸発して雨となり、山を通って川から流れた養分を小魚が食べ、貝や海藻が食べ、その小魚たちをイカや大きい魚が食べ、最後にマグロが食べる。
地球上の生命の循環が、全てマグロという一匹の魚に詰まっている。

キセキのマグロのような高いグレードのものもあれば、いわゆる下ものと呼ばれているものもある。
でも、漁師が命をかけて獲ってきたという意味では、どちらも同じように尊い。

これから、キセキのマグロのような美味しいものも、下ものと呼ばれているものも、それぞれを一番美味しく食べてもらえる業態を作っていきたいと思っている。
キセキのマグロは会員制のお寿司屋さんのような形で。
下ものは、どんぶり屋さんや回転寿司のような、もっと多くの人に親しまれる形で。

そこで働く人たちが、自然と自分の強みや個性を発揮できるような教育を受けて、やりたいことが見つかった時には新しいお店の店長を任せたり、別の道に進みたければ事業投資をして応援したりしたい。

最終的には自社でマグロ船を保有したり、養殖も手がけたりしたいと思っている。

そして、お店で働く中で自分の強みややりたいことを見つけた人が、いつか自分の店を持って独立したいと思った時には、その独立を出資という形で支援していきたい。
社内に小さな金融の仕組みを作るイメージだ。
そこから生まれた利益を、漁師にも還元していく。

そうすることで、地球上の限られた資源を獲りすぎずに、それでも関わる全ての人がちゃんとお金をもらえる仕組みを創っていきたい。

キセキのマグロは、意識の世界を物理空間に持ってくる為のツールだ。

生命力の高いものを身体に取り込むことで、自分自身のエネルギー状態を高く保つ。
エネルギー値が低いままでは、情報空間で描いたビジョンを物理空間に物質化することはできない。
身体を整えることは、情報空間を整えることと同じくらい重要だ。

先頭を泳ぐマグロのように、これからも水圧を受けながら泳ぎ続けていく。

第8章

この地球で自分にしかできない遊びを

これまで語ってきた思想は、情報空間と物理空間、その両軸で物質化していく。

情報空間では、知識を伝えていきたい。
自分の強み、個性、才能を活かす上で必要になるロジックを、オンラインサロンや講座を通じて伝えていく。

ただ、一番重要なのはロジックそのものではない。

学ぶ人それぞれが、自分のスピリチュアルエゴに自ら気づくことだ。

これは人から言われて外れるものではない。
誰かに指摘されても、頭で理解するだけで終わってしまう。
本当に外れるのは、自分自身で気づいた時だけだ。

だからこそ、スピリチュアルエゴが外れている人と一緒に過ごす時間が、めちゃくちゃ重要になる。

そのための場所として、3つの構想がある。

宮川オンラインサロン、UNO SCHOOL、そしてキセキのマグロの食事会だ。

宮川オンラインサロンは、宮川と直接触れる機会をできるだけ多く作る場所だ。
レムリア時代に建てられたとされる遺跡を一緒に訪れたり、各分野のスペシャリストに会いに行ったり、食事会をしたり、参加者の質問に定期的に答えていったりする。

UNO SCHOOLは、皆んなの魂を学び、実践して磨く場所であり、遊べる場所であり、解放する場所であり、帰ってくる場所だ。
それぞれが自分のフィールドで表現して、また戻ってきて休める安心できる家のような場所をイメージしている。
潜在意識の講座内容を学べて、受けている人同士で交流できたり、一緒にビジネスができたりする。
潜在意識だけでなく、商品設計の仕方、お金の集め方、仲間の集め方、セールスの仕方なども学べる場所にしていきたい。

キセキのマグロの食事会は、生命力が溢れる食事を一緒に口にする場所だ。

この3つの場に参加して、参加者自らが「なんでそんなに自由に生きているんだろう?自分もそうなれるかもしれない」と問いを立てる。
その問いから、自分の才能や個性を活かして、周りの人に貢献して生きていくと決める。
それが何より重要だ。

具体的には、宮川オンラインサロン、UNO SCHOOL、潜在意識のロジックを学べる講座の販売、キセキのマグロの食事会への参加権などを展開していく。

キセキのマグロの食事会で生命力が溢れる食事を口にすることは、それぞれの個性や才能を発揮する上でめちゃくちゃ重要になる。
エネルギー値が低いと、物理空間上に情報空間のエネルギーを物質化することはできない。
身体を整えることは、情報空間を整えることと同様に重要だ。

物理空間では、キセキのマグロを当面の軸として展開していく。

キセキのマグロ自体が生命力に溢れていて、口にするだけでエネルギーが上がる食材だ。
ただ同じ食材でも、誰が扱って料理するかによって、食材から伝わるエネルギーは全く変わる。
だからこそ、キセキのマグロがどのように目利きされて加工されて届けられているのか、その背景もちゃんと伝えていきたい。

キセキのマグロの飲食店も展開していく。
そこに来るだけでエネルギーが上がって、自然と自分らしく生きられるような仕掛けも店内に散りばめていきたい。

水産業が持続的に続く仕組みを作るという最初のきっかけに立ち返り、最終的には自社でマグロ船を保有したり、養殖も手がけたりしていきたい。
そしてお店で働く中で自分の強みややりたいことを見つけた人が、いつか自分の店を持って独立したいと思った時には、その独立を出資という形で支援していく。
社内に小さな金融の仕組みを作るイメージだ。
そこから生まれた利益は、漁師にも還元していく。

地球上の限られた資源を獲りすぎずに、それでも関わる全ての人がちゃんとお金をもらえる仕組み。
それを物理空間に創っていきたい。

情報空間で気づきを得て、物理空間でエネルギーの高い身体を保ち、その両方を通じて、それぞれが自分にしかできない遊びを見つけていく。

それがこの地球で創っていきたい世界だ。

第9章

1万人のフェス、人類の夜明け

情報空間と物理空間、その両方でゴールの世界を創っていく。
その先に、一つの景色が見えている。

1万人のフェスだ。

そこは皆んなの表現の場であり、大お祭り騒ぎだ。

解放の夜。
人類の夜明け。

「俺が作った発明を見ろ」という衝動が、最大限に爆発する瞬間に近い。

その場所に立っている自分は、歌っている。
そしてそこにいる皆んなを、全力で持ち上げている。
一人ひとりが自分の個性や才能を表現する後押しをしている。

この景色を想像する時、17歳のYデッキで空を見上げていた少年に、伝えたい言葉がある。

「もっと早くここに来れる道を見つけて見ろ。」

これは責める言葉ではない。

オーバーソウルの視点、つまり高次の視点から見た時、17歳の少年は喜びに満ちた表情をしている。

42歳になった今、1万人のフェスで歌っている自分と、17歳のYデッキで空を見上げていた少年は、同じ存在だ。

時間も経験も全く違うように見えるけれど、本質は変わっていない。
あの夜、表現したくて、見てほしくて、震えていた少年の衝動が、今この瞬間にも流れている。

この本を読んでくれたあなたが、自分の中にある喜びに満ちた部分を思い出した時、伝えたい言葉がある。

「よく向き合ってその喜びを思い出したね。ここからが始まりだ。」

そこから先、一緒に仕事をすることもできるかもしれない。
それとも、思った通りに自由に生きていくのかもしれない。
どちらでも構わない。

自由に思った通りに生きてくれたら、それでいい。

これが、ゴールの世界の核心だ。

それぞれが個性や強みを活かして生きる人を増やし、それが一番面白い遊びだと自覚して表現していくことを増やす世界。

その世界が広がっていった先に、1万人が一つになる夜が訪れる。

みんなが自分の遊びを見つけて、表現して、それぞれの場所から帰ってくる。
そしてまた、新しい遊びに飛び出していく。

その繰り返しが、地球という大きなアトリエの中で、一つの作曲として続いていく。

おわりに

最終的には全て伏線回収する

ここまで読んでくれて、ありがとう。

17歳のYデッキの誓いから始まったこの物語は、42歳になった今、5,100万円の負債を抱えながら笑っているところまで辿り着いた。

その道のりは決して綺麗なものではなかった。
心に嘘をついた結婚生活、離婚、事業の失敗、隠し続けた借金。
傍から見れば、失敗の連続だったかもしれない。

でも今、はっきりと言える。

最終的には全て伏線回収する。

あの誓いも、あの結婚も、あの失敗も、あの借金も。
全部が、今のこの生き方に繋がる為に必要な出来事だった。

そしてそれは、あなたの人生にも当てはまる。

今あなたが抱えている悩みや痛みや失敗も、いつか必ず伏線回収される。
難しく考える必要はない。
ただ進めば良い。

この本で伝えたかったことは、シンプルだ。

自分が世界を創っているんだと自覚すること。
そして自分にしかできない遊びを見つけて、表現していくこと。

国際金融資本が支配しているように見えるこの世界も、見方を変えれば一つの遊びの結果でしかない。
だったら、もっと面白い遊びを創ればいい。
一番楽しそうに遊んでいる人のところに、人は自然と集まってくる。

この地球上で自分にしかできない、自分にしか創れない遊びを、一緒に演奏しませんか。

そんな生き方が本当にできるのか。
そう心の底から問いを立てられたなら、それはあなたの中で何かが動き出した証拠だ。

本当に変われるかもしれないという希望やワクワクが胸の中で躍り出したのなら、それも同じ証拠だ。

あとは、本当に自分の人生を変えると、自分で決めることだけだ。

決めるとは、今までと違う選択肢を選び、行動に起こすことだ。

もし一緒に、地球であなたにしかできない遊びを見つけて表現したいと思ったなら。

一緒に遊びましょう。